「さあ、大人しくありったけの水と食糧を渡すんだな!」
「やれやれ……。治安が乱れておるのは、何も京の都に限った事ではないのだな……」
伊勢の月讀宮に赴きし道中、柳也殿は山中に響きし野蛮な男の怒鳴り声を耳にし、その声の聞こえし方にお向かいになりました。
「どうかお許し下さい……。村にいる疫病で倒れし母に水と食糧を与えねばならぬのです」
男に脅かされし者は、年端十四〜五歳の女でした。野蛮な男に脅迫されながらも、疫病にて倒れし母に水と食糧を与えねばならぬと、恐怖に怯えながらも男の脅迫に、必死に抵抗を示しておりました。
「フン! 赤疱瘡に犯されし者には死あるのみよ! そんな死人に与えれるくらいならば、俺によこすんだな!」
「……っ! 母は……母は必ず助かります! 我が母を死人などと侮辱せし者に、この水と食糧は絶対に与えられません!」
己の母を死人と侮辱されし刹那、その女は恐怖に晒されし眼を強き意志の現れし眼へと変え、断固とした口調と共に男を睨みました。
「ならば主を殺め、水と食糧を奪うまでよ!」
女の言葉に激昂せし男は、手に持ちし刀を女の頭上目掛け振り下ろしました。
「っ……!」
女は己の死を感じながらも、目を瞑らず、顔を背ける事もなく男をずっと睨み続けておりました。
「その位にしておくのだな」
「!」
刀が振り下ろされし刹那、何処からともなく現れし柳也殿が、男の腕を片腕でお止めになったのでした。
「ぐ……ぐぐ……」
男は抑えられし腕を動かそうとするものの、柳也殿の締付けから逃るることは叶いませんでした。
「お主のこの腕は自ら水も汲めず山菜も集められず、ただか弱き者を脅迫せし事にしか使えぬのか?」
バキバキグシャッ!
「ぐぎゃあ〜〜!」
男に一言申し上げ、その後柳也殿は躊躇することなくいとも簡単に男の腕を握り潰しました。鈍い音をたてながら砕けし腕の痛みに堪え切れず、男は悲鳴をあげながら砕かれし腕をもう片方の腕で押えつけながらその場に膝をつきました。
「ぐ、よくも……」
「ほう、まだ抵抗するというのか?」
「ひっ……! その赤き鬼の面はもしや……。うひいい〜〜」
柳也殿の朱に染まりし赤き面を直に目にせし男は、背筋を凍らせて一目散に逃げ出しました。
「女よ、怪我はないか?」
「はい……。助けて頂き申すべき言葉もございませぬ……。時につかぬことをお尋ね申しますが、貴方様が常人の三倍を誇ると言われしかの”赤い鬼”なのでしょうか?」
「然り。我は柳の下より出でし赤い鬼也!」
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巻二「赤い鬼の柳也」
京の都にはびこりし悪しき者共を、弱者に代わり挫く赤き面の鬼。その強さは常人の三倍に匹敵し、向かう所敵無し。それが世に伝聞せし柳也殿の噂でした。
私もその話は村に住みし時耳にし、その者はもしや幼き私を助けしあの丈夫ではないかと胸を膨らませていたものでした。
もっとも、”赤い鬼の柳也”の素顔を見た者はおらぬとの噂でしたので、私が幼き私を助けしあの丈夫が”赤い鬼の柳也”であらせられるのを知るのは、後々のことでした。
「さあ、ここが私の家でございます」
助けてもらった礼とばかりに、女は村の己の家に柳也殿を招き入れました。新たな任地へ赴きし最中であるから少しの時しか寄れぬと仰られ、柳也殿は女について行きました。
「先程は助けて頂き、有り難き事でございました。これはほんのお礼でございます」
女は助けてもらったお礼とばかりに、山より取りし山菜と山水を柳也殿に差し出しました。
「いや、気持ちだけ頂いておこう。それは病に倒れし母に与えるのだ」
「されどそれでは私の気持ちがおさまりませぬ。私に構うことなくお召し上がり下さいませ」
「ふむ。では一口だけ頂くとしよう」
そう仰り、柳也殿は差し出されし水を軽く口に致しました。
「時に女よ。病に倒れし母は奥の部屋にでもおるのか?」
「はい。奥の部屋で床に就いておりますが、それが何か?」
「いや、水を頂いた礼をせねばならぬと思ってな」
女は柳也殿に対する礼の気持ちで水を差し出したのですが、柳也殿はその礼を更に礼で返す態度をお取りになりました。
「はぁはぁ……」
女に案内され奥の部屋へお向かいになった柳也殿の目先には、身体中に赤い発疹ができ、赤い顔で苦しんでおられる女の母の姿がありました。
「ふむ。大分苦しんでおられるようだな……」
女の母の顔を暫し見つめし後、柳也殿は徐に女の母の額に手を当てました。すると、つい今し方まで苦痛に苛まれていた女の母の顔は、徐々に穏やかな寝顔に移り変わりました。
「今のは……」
「少し呪いの類のものを施したのだ。病を消し去る事は叶わぬが、気分程度は良くなろう」
「あの……助けて頂いたばかりではなく、母の身まで気遣って下さるだなんて…。何とお礼を申し上げたら良いか……」
柳也殿の余りの慈悲深さに、女は涙を流しながら柳也殿を崇め奉るかの如く、膝をつきながら礼を為さりました。
「我は神や仏の類に非ず。我は鬼ぞ。鬼は奉る対象ではあるまい」
「いいえ。赤き鬼の面を纏っているとはいえ、貴方様は正しく神でございます…」
「神か……。ではお邪魔致した。母上を大事にするのだぞ」
「お待ち下さい! どうかそのお恵みを村の他の方々にもお与え下さい!」
お立ち為さろうとする柳也殿に、女は声をかけました。その女の話によりますと、村では他にも多くの者共が疫病にて苦しんでおられるとのことでございました。
「致し方あるまい……。ではすまぬが、その者共の家に案内していただきたい」
こうして柳也殿は、嘗て私の母を助けし不思議なる力を、他の村の者共に与えることとなったのでした。
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「ふむ。これで多少は調子が良くなるであろう。後は本人の生きる力に任せるしかない」
「おお……娘の顔がこんなに穏やかな顔に……。有り難や、有り難や……」
女に案内されし村の先々で、柳也殿は疫病に苦しんでいる人々にお恵みをお与えになりました。そして柳也殿にお恵みを与えられし人々は、こぞって柳也殿に感謝の意を見せたのでした。
「ふう、流石に多少は疲れるものであるな……」
村人数十人に恵みの力を与えたのは、少なからず柳也殿に負担をきたしたようで、柳也殿は村外れの木の下でうつ伏せになりました。
(然るに家々の軒先に菖蒲と蓬が飾られておったな。今日は端午の節会か……)
端午の節会とは皐月五日に行われる年中行事でして、宮中では三日に六衛府から献じた菖蒲・蓬を四日に主殿寮が所々の殿舎の軒に葺き、五日には天皇が糸所より献ずる菖蒲鬘をお付けになって武徳殿に行幸為さります。天皇に続き群臣もそれぞれ菖蒲鬘お付けになって参上し、中務省が内薬司を、宮内省が典薬寮の役人を率いて菖蒲枕をお担ぎになって献上し、女蔵人などが菖蒲や薬玉を群臣に賜ります。そしてその後、近衛府による騎射の儀が行われております。
「えい、やあ、とお!」
丁度その頃、柳也殿の目の前では、村の童男達が騎射を真似た遊びを催しておりました。
「う〜ん、うまくひけないよぉ」
童男達が扱っていたのは童子の手でも扱える小弓でしたが、手慣れぬ童男にはやや使い難き代物でした。
「ははっ、良いか弓というのはな……」
その姿を見かねた柳也殿は、大らかな態度で弓のご指導を行いました。当初は鬼の面に臆していた童男でしたが、鬼の面でも隠し切れぬ柳也殿の優しきお心を理解し、柳也殿のご指導に従ったのでした。
「では教えた通りに引いてみよ」
「うん!」
柳也殿に教えられし通り弓を構え、童男は木の幹目掛けて矢を放ちました。
ヒュ、トシュ!
「わぁ〜い、やった〜」
童男の放てし矢は、見事木の幹に命中しました。教えられし通りに弓を引き、見事的の木に命中したことに、その童男は満面の笑みで歓喜の声をあげたのでした。
「ははっ、なかなか上手であるぞ。然れど、弓矢とは元来狩猟や戦場(いくさば)で用いる物。遊びで用いるのは構わぬが、その物は用い方によっては人を殺められるという事は肝に命じておくのだぞ」
「うん。気をつけるよ赤鬼さん」
「ははっ、”赤鬼”とは一本取られたな。もっとも、我自身”赤い鬼”と名乗っておるのだから、的を得た呼称ではあるな」
赤鬼と呼ばれしことに対し、柳也殿は特にお怒りに値する感情は見せずに、終始大らかな態度で童男達のお相手を為さりました。
そのように童男達と一時の楽しき時を過ごし後、柳也殿は再び月讀宮への道程を歩み始めたのでした。
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「やれやれ……我に用があるのならば素直に姿を現わしたらどうだ」
月讀宮へ続く闇に包まれし山中を歩きし最中、多数の人の気配をお感じになった柳也殿は、立ち止まり周囲にお声を響かせました。
「へへっ、こんな夜中に一人山道を歩くとはいい度胸だ。大人しく俺等に手荷物をよこすんだな!」
柳也殿に気付かれし山賊共は、一斉に柳也殿を囲む様に姿を現わしました。
「止めておくのだな……。我は赤い鬼也。我に歯向かいし者の末路には、黄泉の国への道程あるのみ! それを理解したのならば早々に立ち去るのだな」
数人の男に囲まれるものの、柳也殿は臆することなく男共に警告をお放ちになりました。
「成程。仲間が会ったという赤き面を被りし者は主のことか。されど、奴とは違い俺等はそんな脅しには乗らん。大方、赤い鬼の噂を耳にし赤き面を被っているというのが関の山であろう」
「ふん。そう思うならばそう思うが良い。せいぜい黄泉の国で後悔する事だな」
「言わせておけば。野郎共、殺っちまえ!」
頭目らしきものの掛声により、山賊共は一斉に柳也殿に襲いかかりました。
ヒュッ
「なっ……」
山賊共が襲い掛かりし刹那、柳也殿はまるで神隠しにでも遭ったかの如く、山賊共の目の前から姿を消しました。
「くそっ、一体何処に……?」
「お主等が襲い掛かりし刹那、宙に飛び上がったのよ」
「ぐっ、何時の間に俺の後ろに……!?」
山賊共が襲い掛かりし刹那、柳也殿は宙へと飛び上がり、そして頭目らしき男の後に降り立ったのでした。
「時にお主等は今まで何人の罪無き者共を殺めたのだ?」
頭目らしき男の背後を掌握為さった柳也殿は、今までどれ程の人を殺めたのかと山賊共に訊ねたのでした。
「知らんな……。素直に手荷物を置かぬ者共は殺めるように言っておいているかな。仲間内で何人殺めたかなどと数えようがあるまい……」
「そうか……。ならばお主等全員生かしておく訳には行かんな!」
ドカッ!
「ぐぎゃぁぁぁ〜〜!」
柳也殿が頭目らしき男の背中を軽く蹴り上げますと、頭目らしき男は叫びながら地面に転げ落ちたのでした。
「従五位衛門大佐柳也、これより罪無き人々を襲い殺めし山賊共を、総じて黄泉の国へと送還せん!」
ヒュウ、ドガァ!
柳也殿は自らの名を名乗り終えますと、まずは地面に倒れし頭目らしき男の腹を蹴り上げ、そして空中へと舞い上がった男の首を勢い良く蹴り上げたのでした。
バキバキバキ!
勢い良く胴体から離れし頭目らしき男の首はそのまま宙を舞い、数本の木々を折りながら地面へ転がり落ちたのでした。その顔は陥没し細かい木の破片が所々に刺さり、頭蓋骨は割れ中からは脳髄がはみ出し、最早人の首を為していないとてもとてもおぞましいものでした。
「お、お頭が……。ひぃやぁぁぁ〜鬼だ鬼だ鬼だ〜!」
頭目が惨殺されたことにより指揮系統が乱れ、そして柳也殿の圧倒的な力を垣間見た残りの山賊共は、柳也殿の反対方向の道へ逃亡を始めたのでした。
「おっと、そう易々と逃しはせぬよ!」
ヒュッ、スチャ!
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
ズオオ〜ビュッ! ズオオ〜ビュッ! ズオオ〜ビュッ!
柳也殿は素早く頭目の首により倒れた木々の前に立ち、その木々を次々と山賊共の逃亡せし方角へ投げ付けたのでした。
ズド! バキッ! グシャァッ!
投げ付けられた木々に多くの山賊共はその下敷きとなりました。ある者は首を完全に潰され、ある者は胴体を半分に切断され、木の直撃を喰らいし盗賊共は皆、かくも無惨な圧死を遂げたのでした。
そして木の直撃を運良く逃れし者共も、あまりに怪力乱心な柳也殿の行為に腰が抜け、尻餅をついたのでした。
「さて、残す所はお主等だけだが……」
「ひ、ひいっ!」
ピシュッ!
ゆっくりとお近付きになる柳也殿に気圧された山賊の一人は、無我夢中で柳也殿に向けて矢を放ちました。
「無駄無駄無駄ぁ〜!」
カシィ!
されど柳也殿は冷静にその矢を右手で掴んだのでした。
ヒュッ!
「ひぁっ!」
柳也殿は右手で掴んだ矢を、射た山賊の額目掛けて投げ返しました。その矢は山賊が弓で射た矢より素早い早さで宙を走り、見事山賊の額を打ち抜いたのでした。
「うわぁぁぁ〜」
もうこれまでと思ったのでしょうか、錯乱せし一人の山賊が柳也殿に向かって斬りかかりました。
パキッ!
「ひえっ、そ、そんな……」
されど柳也殿は向けられし刀を、まるで竹光を折るかの如く軽々と折ったのでした。
その光景を信じられなく思い、柳也殿に刀を向けし山賊は絶望の声をあげることしか叶いませんでした。
「貧弱、貧弱! 刀というものは確かに切れ味が良いが、人の身体の様に鍛える事は叶わん。
黄泉の国の土産に覚えておくのだな、鍛えられし人の身体は刀よりも切れ味を増すのだとな!」
スパッ! ゴン! ゴロロ……
柳也殿は目のも止まらぬ早さで山賊の首目掛け手刀を振りかざしました。刀より切れ味を増すと豪語為さる柳也殿の手刀は勢い良く山賊の首を斬り、その首は地面へと転げ落ちたのでした。その死顔は絶望に包まれし顔でございました。
「これで残す所はお主一人か…」
最後に残りし山賊に、柳也殿はゆっくりとお近付き為さりました。その歩き方がより威圧感を与え、最後に残りし山賊は腰が抜けしまま一歩も動くことが叶いませんでした。
「ひいっ、どうかお許しを……。山賊からは足を洗い、金輪際盗みは働きませぬので、どうかお命だけはっ!」
「そうか。では一つ訊ねよう。今までお主は盗みを働く過程で、刃を向ける事もなくただ命乞いをせし者を一度も殺めぬ事があったか?」
「そ……それは…」
柳也殿の問い掛けに、山賊は応じることが叶いませんでした。恐らくこの山賊は盗みを働く過程で、幾度か人を殺めたのでしょう。もし一度も人を殺めしことがなかったのならば、柳也殿の問い掛けに「否」と応じられたのでしょうから……。
「答えられぬか……。ならばお主の命を助ける事は叶わぬな…」
「じゃ、じゃあアンタはどうなんだ! 今まで一度も人を殺めねかったのかっ!? 違うだろ、現に今し方俺の仲間を殺めただろう! そんなアンタに俺を殺める権利があるとでもいうのかっ!?」
「権利? 下らんな、お主等は刃を我に向け、我もそれに応じた。ならば、この場は既に戦場也! 戦場に非ざる場で人を殺めしは罪なれど、戦場にて人を殺めるは罪に非ず!
戦場で刀持ちし者は互いに己に歯向かいし者を殺める権利を持ち、そして、理念も信念も大義も持たず、只己の私利私欲の為だけに人を殺めるのもまた罪也!!」
カチャリ……ヒュッ!
そう仰られますと、柳也殿は先程折りし刀の先端を、山賊に向かい投げ付けました。
ドスッ!
「ひいっ!」
されどその刀の先端は山賊の後に倒れし木に刺さり、山賊の身体を打ち抜くことはありませんでした。
「……」
殺められるかと思いきや殺められねかった山賊は、己の命がまだ存続していることが信じられぬという感じに、言葉を失いました。
「どうした? お主の願いを聞き入れたのだぞ?逃げるならば逃げるが良い。逃げる限りにおいては殺めはせぬ。然れど、今一度我に歯向かいし時は、もう命の保証はせぬぞ」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ〜」
その柳也殿の言葉に従い、山賊は一目散に柳也殿の目の前から姿を消したのでした。
「そうだ。恐怖と絶望に苛まれ何処までも逃るるが良い。そして我の話を世に広めるのだ。悪しき者の前には赤い鬼が現れ、その命奪うと……。
然るに、我の噂広まりしも、悪行は絶えぬな。鬼の恐怖では人は従わぬのものか……。
やはり人を従えしは鬼の恐怖ではなく、神の畏怖と威光か……」
己の噂が広まれば次第に悪行も減る。そうお思いになり柳也殿は己の噂を広める為に、最後に残りし山賊の命を助けたのでしょう。
されど柳也殿は、この行為を繰り返すのでは悪行は絶えぬと自戒為さりました。悪行を絶やすのには神の畏怖と威光が必要だ……。その胸に秘めし思いこそが、柳也殿が神奈様の元へ向かうことを自ら願い出し所以だったのでした……。
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「神奈様、おはようございます」
「うむ」
三日の眠りからお目覚めになられた神奈様に、私は神奈様の巫女装束を持ち神奈様のご寝室に参内致しました。
「では神奈様、この装束にお着替え下さいませ」
「うむ」
神奈様の身の回りの世話をする女官である私は、神奈様のお着替えを手伝うのも常務の一つでございます。神奈様の着ていらっしゃる寝具を脱がし、巫女装束の着付けを始めました。
「それにしましても、神奈様。いつ見てもお綺麗な羽でございます」
着替えるということは必然的に生まれたままのお姿になることでして、この間いつもは服にお納めになっていらっしゃる神奈様の羽をご覧になることが叶います。
「ふん。そのようなもの、邪魔なだけで何の役にも立たぬというのに」
「えっ? 畏れ多くも、それはどういうことでございましょう?」
私は神奈様の羽を褒め称えたのですが、どうやら神奈様はご自分の羽がお気に召さないご様子です。何故美しき羽を邪魔立て為さるのか気に掛かり、畏れ多くも私は神奈様にお訊ね申しました。
「……。百聞は一見に如かず。ついて来るがよい裏葉」
「えっ、神奈様どちらへ」
「少し社殿の外に出るだけだ」
言われるがままに私は神奈様と共に社殿の外に出ました。
「うむ。今日は良い皐月晴れであるのう」
社殿の外と言いましても塀に囲まれた社殿の庭でして、皐月の晴々しい青空に神奈様は気分が宜しいようでした。
「では早速始めるとしよう」
「神奈様! いきなり何を」
突然先程置きに召したばかりの巫女装束をお脱ぎになり、私は慌てふためき神奈様にお近付きになりました。
「見せてやるというのだ。この羽がいかに邪魔なものだということを」
「は、はぁ」
どうやら神奈様はご自分の羽が何故邪魔なものなのか私にお見せになる為に、社殿の外にお出になったようでございました。
「……」
神奈様は意識を集中し始めました。すると今まで折りたたまれていた神奈様の羽が、静かに舞い始めました。
足元まで垂れし美しき黒髪、小振りなれど形が整いし乳房、そして日の光に照らされし白き羽。そのお姿はやむごとなきお美しさであり、翼人が月の身使いと呼ばれるのも腑に落ちるものでした。
ただ、何と言えば良いのでしょう。そのお姿は確かにお美しいのですが、何かあまりにお美し過ぎる気が致します。その羽はこの大地から生み出された自然のものの美しさではなく、人の手により造られし美しさという感じに……。
「ヒュ、パササ……」
軽く地面をお蹴りになり、神奈様は空に向かい羽ばたき始めました。
トスッ
されど、四、五尺程羽ばたたいただけで地面に降り為さったのです。
「神奈様?」
「飛べぬのだ……」
「えっ!?」
「余の羽は少し羽ばたけるだけで、鳥の如く大空を飛び交うことは叶わぬのだ……。
このような羽に何の意味があろう? この社殿の外にでさえ羽ばたくことが出来ぬこの羽に……」
そのお言葉から察するに、神奈様は今のお暮らしに酷くご不満を抱いているのでしょう。確かに、満足に社殿の外にさえ出られぬ生活は、心地良い生活とは言えぬでしょう。そしてそのお気持ちを抱いているからこそ、余計に、大空を飛び立てぬ羽を邪魔なものにしか思えぬのでしょう。
「神奈様、諦めてはなりませぬ。神奈様は飛び方を知らぬだけでございましょう。飛び方を知れば神奈様もいずれ……」
「では我がそのお手伝いを賜りましょうか?」
「何奴!」
突然庭の木蔭から人影が這い出し、思わず神奈様は声をおかけになりました。
「うっ……」
木蔭より這い出し者は、赤き面を被っておりました。そのお姿に気圧され、神奈様は後退りながら私の背中に逃げ隠れ為さりました。
「ははっ、翼人たる月讀宮様とは言えども、この面には臆するか。それに引き換え、そちらの女人は動じぬ所を見ると、月讀宮様よりは肝が座っておるようだな」
「……」
いいえ、私がこのお方を見て動じぬのは肝が座っているからではありません……。
(そ、そんなまさか……)
トクン……トクン……
高まる胸の気持ちを私は抑えることが叶いませんでした。何故ならば、今私と神奈様の目の前にいるお方は、紛れもなく私が想いを抱きしあのお方なのでしたから……。
…巻二完
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※後書き
以前の更新から一ヶ月以上経ち、久々の更新という感じです…(苦笑)。やはり、時代物は資料集めが大変ですね。今回も端午の節会を説明する為に、資料調査したりネットサーフィンしたりしましたので。まあ、今回の場合話の筋に関係ない所でいらん手間をかけたという感じですが、多少とも、その時代の風俗とか文化は描き出したいと思っていますので。
しかし、この作品を書くに当って色々な本やサイトのテキストを読んでいますので、その辺りは暇があれば一覧表でも作ってみようと思っております。
さて、今回は柳也中心の回ですが、柳也の光と影が垣間見えたかと思います。病に苦しんでいる村人を助ける傍ら、盗みを働く山賊を徹底的に惨殺するという。この辺りのノリは、『北斗の拳』のケンシロウですね。ケンシロウも弱い者を助ける傍ら、悪党は徹底的に虐殺していますから。
ただ、柳也をケンシロウのような”正義の味方”という感じに書くつもりはありません。それこそ某大佐や曹操みたいな感じになるかと思います。
しかし、柳也のスペック、やたら高いですね(爆)。「常人の三倍」なんて言っていますが、実質は五〜十倍はあるでしょう。
でもまあ、木を投げ飛ばす位ですから、レベル的には桃白白レベルなのですがね(笑)。空飛べませんし(爆)。
それと単なる趣味で(笑)柳也に「無駄無駄無駄」と言わせているのですが、「オラオラオラ」というキャラも登場する予定です。まあ、どうでもいい事なのですがね(笑)。
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巻三へ
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